miirachan’s blog

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「浜の朝日の嘘つきどもと」

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パンフレット

※ネタバレを含みますのでご注意ください。

 

 

「浜の朝日の嘘つきどもと」

秋田県大館市にある御成座で見てきました。上映後は監督のタナダユキさんと出演の柳家喬太郎師匠の舞台挨拶も。写真にある朝日座は福島県に実在する歴史ある名画座で、コミカルでポップな雰囲気を漂わせつつも、閉館の危機迫るこの朝日座を交点として交わる人びとの人間模様が描かれています。

 

 

茉莉子先生の愛

閉館の危機にある朝日座を救う着火剤は大久保さん演じる茉莉子先生なわけです。優しくされるとすぐに惚れてしまったり、寄ってこられると情けをかけてしまう茉莉子先生。人に惜しげもなく情を注げる先生がバオくんの表現する自分へ向かう愛情に関しては、相手を大事に思うあまり素直に受け取れないまま最期を迎えたというのが個人的には泣きどころのピークでした。この役を大久保さんが演じたことで、先生の押し付けがましくなく、だけど義理深い情ある姿が切なくも軽やかに表現されていてとても印象的です。

 

この物語の中心人物である朝日座支配人・森田を演じるのは落語家の柳家喬太郎師匠です。監督や演者も、「誰も悲劇のヒロインをやってない」とか「かわいそうに見られたくない」ということを言っていて、これは芸人さんが演じることで大いに表現された面もありそうだなと感じます。

 

また、この映画は車や衣装などの色使いのポップさもあり、夏の撮影ということもあってかカラッとしていて楽な気持ちで見ていることができます。だからこそ、莉子が父の会社を訪ねるシーンのドシャ降りは彼女の心の中が投影されていて、血のつながりへの憂いを一層滲ませていました。

 

 

 

血がつながっていなくても、心がつながっていて

茉莉子先生に救われた莉子は、先生亡き後もきっとバオくんや支配人の森田、不動産屋の岡本さんなど周囲の人と心のつながりを深め続けていく姿が目に浮かびました。当初初めて朝日座に訪れた時からそこに住み、チラシ配りでは近所の人たちにも「ああ、映画館の!」と親しげに関わる姿が描かれていたのが印象的でしたし、朝日座の周辺でその土地の文化を大事にしながら暮らす人々の姿がありました。

一方で朝日座を解体して建てられようとしているのもまた、地域のためを思ってのスーパー銭湯であり、地域の人々も「出て行った子や孫などの若い世代が帰ってくる」とか「この大不況に雇用が生み出せる」といった言葉に一時は絆(ほだ)されてしまうわけです。番人にとっての「正しさ」なんてものはないけれど、つながりの優先順位みたいなもので言うとどうしても“血”って上位な気もしてしまいます。すでに取り付けてしまった契約である解体を受け入れざるを得ないムードが出た終盤、なんとどんでん返しで、全く映っていないところで(笑)奔走してくれていた不動産屋の岡本さんがいたわけです。ホッとしました。

 

 

 

地方暮らしのよいところ

地方で商売をしながらその土地の文化を大事にする人々は、みんなそこに居場所があってーーという話を喬太郎師匠がパンフレットで言っていますが、それって落語みたいなんだと。確かに落語の中にはいろんな人物が出てきて、笑いや涙を誘う展開が関係性の中で繰り広げられます。
今自分自身が、仕事柄かなりローカルなコミュニティに関わる機会も多くて。地方都市においては今後持続していくための課題もたくさんあるのだけれど、地方の魅力は何より、その山積された課題に対して一人ひとりが役割を見いだして暮らしていけることなのではないかと改めて思い至りました。生きることは大なり小なり選択の積み重ねです。その選択を後押ししてくれる理由が地方にはあるように思えるのです。

 

 

悲惨さ、悲壮さは一切まとっていないこの映画だけれど、表には出さずとも血縁への拭い去れないもやもやなど、暗い部分をそれぞれに抱えていたりもして。映画や映画館の存在は今も昔もそんな人たちのシェルターになってくれていることを実感させてくれる作品でした。

 

映画に救われた人、映画館に救われた人というのはきっとたくさんいて、そういう人たちが映画や映画館を救おうとする姿が描かれてる作品だと思いました。そのことを通して救おうとしているのもきっと人で、交点としての映画の存在というのをじんわりと感じさせてくれます。それに現代の映写技法で上映されている映画に救われる愛すべきネクラたち(わたしも含む)だってきっと、かつて映画にあった半分の暗闇に安心感を見ているような気もします。

 

今回御成座でこの作品に出会えたことで、わたし自身も血をよりどころにしすぎない交点を育んでいくためにできることをしていきたいと思うことができたのでした。

 

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上映後、サインをいただきました



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上映後の御成座



雪の降りしきる中、頑張って観に行って良かったと思わせてくれる作品でした。前回御成座で別の作品を観た際の予告からして気になっていたので、本当に良かったです。というか、御成座で観る作品全部いいです。御成座フォーエバー。

 

 

■御成座

onariza.oodate.or.jp

 

■浜の朝日の嘘つきどもと<予告編>

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